2011年8月10日水曜日

盛夏 恩人・先達・友を想う

 8月の初めに仕事と墓参りを兼ねて中部地方へ出かけた。毎年、この季節となると先祖がおいでになるということで、仏間に祭壇を造り、仏壇から位牌を出してそれを上に並べ、供花とともに朝・昼・晩の食事を作り、お供えしたことを覚えている。長男でありながら大学卒業とともに家を出て、今日に至っているが、両親は長男の小生を最後まで手元に置きたかったようだ。巻頭の写真は、会社を辞めて暇だった時期に何度か温泉旅行に連れて行ったが、本当に喜んで貰った。とりわけ、伊豆の松崎にあるなまこ壁の長八美術館としっくい芸術が残されたお寺を訪問した時だった。とにかく多芸の人であったが、戦後、生業として左官屋さんが使う刷毛を家内工業で作り、名古屋へ卸していたこともあり、漆喰の芸術には関心が深かったようで、本人のリクエストで、出かけた記憶がある。
ほおずきには薬効もあるが、お盆の思い出には一番印象的な草花である。この写真は浜松の三ケ日で撮ったもの。偶然、新築現場の隣の畑でこれを栽培していた。
横浜へ帰って10日、近所の花屋さんで1本求めたが、その時お店の奥さんが、ほおずきの楽しみ方をいくつか教えてくれた。そんな話を共感を持って聞けるのも齢を重ねてしまったからかも知れない。
一番下の写真は杉の枝に残った蝉の抜け殻である。わずか数日の命へ蝉が飛び立っていった跡である。
お盆の訪れとともに両親、先輩、友人と鬼籍に入った沢山の人を思い出す。当然、感謝の気持ち以外、何もない。そう考えて行くと、人間としての使命が自然と見えてくる。人のために尽くすことに必然と当たり前が見いだせるような年齢になってきた。誰かが言われていたが、人生の整理をする期間に入ってきたなと感じ始めているこのごろだ。

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